2005年12月03日

ぬえ娘 その1

 私、女優やってます、山本柚香といいます。
 先日、映画でぬえの役をもらいました。ぬえってご存知ですか? 漢字では鵺って書くんですけど、頭は猿、体はたぬき、手足は虎、尻尾は蛇っていう化け物です。平家物語なんかにも出てくる、結構由緒正しい化け物なんですよ。
 で、妖怪物のホラー映画なんですけど、女の子のぬえが登場するんです。そのぬえは、頭と体が人間、手足は虎、尻尾は蛇だけど、その頭はまた人間っていう構成でして、その辺は子供向けといいますか、一部マニア向けといいますか、あんまり様式にはこだわらないっていうか、まあ、そういう方針の映画なわけです。
 で、私はその中の、蛇の先についている頭の役なんです。まあ、ぬえの本体ではないのですが、マスコミにも割と取り上げられている映画ですし、女優としての名前を売るステップになるんじゃないかと、密かに期待もしているわけです。





 昔ですとそういった妖怪を出すときには特殊メイクなりCGなりを使用するんですが、今はいろいろと技術も発展していまして、身体を一度ばらばらにして、あらかじめ設定していた通りに再構成することで、まったく別な身体に変身することができる、Cell Reconstruction System、略してCRSというシステムが開発されているんです。本当に文字通り、身体をまるごと作り変えて、別な生き物になっちゃうんですよ。人間同士だけでなく、犬とか猫とか、他の動物と融合することも可能です。開発された当初は、倫理的な問題ですとか、被験者の精神的なケアの問題ですとか、とかく叩かれることが多かったのですが、最近は割と一般的(というほど浸透しているわけでもありませんけど)なものになっています。
 特殊メイクの場合ですと、あまり長時間メイクしたままにすると肌が痛んでしまうので、毎日毎日メイクをしなおさなくてはならず、毎日メイクに何時間もとられてしまって時間がかかってしまうんですよね。それに比べてCRSですと、撮影期間中はずっとそのままの身体でいることができますので、朝から晩までずっと撮影をすることができるんです。もっとも、逆に日常生活には支障をきたしてしまいますけどね。街中をうろつくわけにも行きませんし、変身する生物によっては食事や排泄も普通にはすることができなくなってしまうみたいです。

 CRSを用いて変身した場合でも、もちろん完全に元の身体に戻ることは可能なのですが、変身の程度にもよりますけど、元の身体に戻るためには時間がかかってしまうんです。CRSでは身体にある程度の負荷がかかってしまいますので、一度変身したら次の変身までしばらく期間を置かなくてはならないのです。簡単な変身、たとえば鼻だけ交換するとか、バストを取り替えるとか、ヘアスタイルを交換するとか、部分的にすこしいじる程度でしたら2、3日もあれば元に戻るための再変身が可能なのですが、全身をいじって別人になるくらいの変身でしたら1週間は元に戻ることができません。まるっきり別種の生き物に変身することも可能なのですが、例えば大型犬くらいのものに変身したら2〜3週間はそのままの姿でいなくてはいけないという噂も聞いたことがあります。大変ですよね、それも。

 それが今回はぬえです。複数の生き物をパーツごとに繋ぎ合わせて一匹の生物を作るという大掛かりな変身になりますので、私が聞かされた話では、3ヶ月間はそのままの姿でいなくてはならないそうなんです。つまり、3ヶ月の間、私はずっと他の人のお尻から生えた蛇として生活しなくてはいけないんです。
 手足がありませんので自分ひとりでは何もできませんし、当然自分一人の時間なんて持てません。最初はちょっと怖いし、嫌だなぁとも思ったのですが、今まで地味な役しかいただけなかった私にとって、それなりに大きく報道されているこの映画に出演できるのは千載一遇のチャンスでした。女優として食べていくためには、これくらい潜り抜けなくてはならない試練だと、覚悟を決めたのです。





「おはようございまーす」
 朝7時、私はとある研究所にやってきました。今、日本でCRSの装置があるのは、CRSの研究・開発に携わったこの研究所しかありません。受付で尋ねると、研究所のメインのビルではなく、裏の方にCRS専門の建物があるそうなので、そちらに案内されました。
「こちらでしばらくお待ちください」
 私は「会議室」と書かれた、味も素っ気も無い縦長の部屋に通されました。中央に長テーブルがあり、部屋の端にはスライドを映すスクリーンがあり、その横のホワイトボードには、何かよく分からない数式が書かれていました。廊下側の壁には棚があり、英語で書かれた論文誌がたくさんと、何かのファイルがいくつか並べてあります。
 ホワイトボードの隅に、人の頭で犬の身体という絵が描いてあるのをみつけました。私はすごく緊張しているんですけど、普段から研究されている方にしてみればこういった変身は日常茶飯事で、特に特別なものというわけでもないんでしょうね。
 退屈なので、棚に並べてある本をしばらく眺めていました。ファイルの中身を見るのは流石にまずいかと思い、論文誌を手に取ったのですが、私は英語がからっきし苦手ですので、何が書いてあるのかさっぱりわかりませんでした。人や動物の解剖頭のようなものがたくさん掲載されていましたが、意味を読み取ることはできません。こういう研究をしている人たちってやっぱりすごいんだろうなあと、漠然と思いました。

 わからないなりにぱらぱらとページを繰っていると、ドアが開いて白衣を着た男性が入ってきました。私はドキッとして、思わず本を取り落としてしまいました。
「あ、すみません。かってに読んでしまいまして……」
「いえ、別に構いませんよ」
 私は謝りながら、あわてて本を拾いました。私が本を戻すのを手間取ってしまったのですが、その方はじっと待っていてくださいました。
「あの、山田さんから少し遅れるという連絡が入りまして、あと30分ほどお待ちいただけますか」
 山田さんとは、ぬえの本体の方を演じる、山田奈々子さんのことです。山田さんが到着しないと、当然作業を始めることはできません。
「そうですか」
 そのときに私、すこし拍子抜けしてしまいまして、ふう、と大きくため息をついてしまいました。
「あの、緊張してますか?」
「はい。このお話が来てからずっと自分がぬえになることをイメージしているんですけど、いざそのときが近づいてくると……」
「わかりますよ。僕も被験者をやりましたからね」
 その方は笑いながらおっしゃいました。
「そうなんですか?」
「最初はやっぱり動物実験からスタートしますけど、いずれは人間へと発展させることを目指しているわけですからね。人体実験をするときは、まず研究者自身でやるもんですよ。自分でできないことを人様にやらせるなんてできませんしね」
 私は少しだけマッドサイエンティストというものを垣間見たような気がしました。科学者の方って、みんなこんな感じなんでしょうか?
「でも、怖くありませんでしたか?」
「まあ僕らは理屈が頭に入っていて、理論上はちゃんと元に戻るはずだっていうことがわかっていますからね。それに僕が被験者をしたのは既に多くの人で実験が行われてからでしたしね。不慮の事故等は怖いですけど、そういったものは慎重に実験を進めれば排除できる要素ですし」
 その言葉を聞いて、すごいなあと、素直に感心してしまいました。自分達の仕事に自身と信念を持っていないとなかなかこういう仕事は進められませんよね。
「ええと、あの……」
「ああ、僕ですか? 松下です」
「あの、松下さんはどのような変身をされたんですか?」
「僕は、ええとその……、ああ確か資料があったと思います。ちょっと待ってください」
 松下さんはしゃがみこんで、ずらっと並んだ棚から何かを探し始めました。
「えぇと、これ、だったかな」
 棚から1冊のファイルを取り出すと、松下さんはページを開いて見せてくださいました。
「よろしいんですか? 重要な書類なんじゃ……」
「大丈夫ですよ。これ、お客さんに見せるためのサンプルですから。一般公開する前の、ウチでの実験記録なんです。」
 その中には、様々な人物の写真が掲載されていました。ここの研究員の皆さんなのでしょうか。
「この写真だとわからないと思いますけど、ここに写っているのはみんな、顔とか身体の一部を他の人と入れ替えているんですよ。たとえばこの人ですけど、こっちの人と鼻が入れ替わっています。えーと、ほら、これがお互いの元の顔です」
 一枚の写真を見ただけでは特に不自然な点は見当たらないのですが、元の顔写真と比較すると、確かに鼻だけが入れ替わっています。
「こういうのって、CGで処理しているのはよく見ますけど……」
「いえいえ、どちらも本物の人間ですよ。同一人物です」
 目を凝らして再度見てみましたが、当然ながら鼻のつなぎ目ですとか不自然な点は感じられません。整形手術などとは異なり、完全に元の状態に戻すことが可能になわけです。本当にすごい技術なんだって、改めて感じました。
「それから、これ」
 また別のページを見せていただきました。そのページには裸の女性の全身像が載っていました。でもその顔は……。
「これ、僕です」
 そうなんです。身体は明らかに女性なのですが、顔は目の前にいる松下さんの顔なんです。私は失礼だと思いながらも、写真の顔と松下さんの顔を何度も何度も交互に見比べてしまいました。
「うわー。これ、本当に……」
「ええ。私も被験者になりまして、女性と首から下を交換したんですよ、一週間」
「一週間も?」
「意外と違和感は少ないものですよ。でもその間はずっと女物の服を着ていましたから、気持ちもだんだん女性っぽくなってしまいまして。パーソナリティは自分のままなんですけど、ある意味では別人になったと言えますね」
「ちょっと感覚がよくわかりませんけれど……」
「山本さんだってもうじき体験できますよ」
 あ、そうでした。松下さんの話を聴いていると、身体をいじることなんて別にどうってことないような気がしてきます。
「でも松下さんがその女性の身体でいるときは、相手の方は松下さんの身体で過ごされたんですよね?」
「そうです。まあその人、僕の奥さんなんで。そうでなければ男性と女性じゃいろいろと問題ありますしね」
 そうですよね。ご夫婦でもなければ、同僚とはいえ自分の身体を男性に預けるなんて嫌ですよね。あ、夫婦でも嫌っていう方も多いですかね。
「あのとき奥さんが、入れ替わったまま妊娠・出産しようって言い出したときはどうしようかと思いましたよ。さすがにみんなに却下されましたけどね」
「それ、すごいですね」
「陣痛って痛いらしいですからね。結局ウチの奥さん2人産んでるんですけど、その度に代われ代われってうるさいんですよ。でも正直なところ、セックスくらいはしたかったんですけどね。それも禁止されてまして……。あ、ごめんなさい、変なこと言っちゃって。こういう発言はセクハラになりますかね?」
「いえ、お気になさらずに……」
 奥さんと身体を交換するというのも、普通の夫婦にはまず経験できないことですけど、お互いのことを知る貴重な経験かもしれませんね。もっとも、実際にはとても人には話すことができないような大変なこともあったとは思いますけどね。
「まあ不安はあると思いますけど、大丈夫ですよ。山本さんの前には多くの人間が実験台として道を造ってきたわけですから」
「はい。ありがとうございます」

 じきに松下さんは退室されましたが、松下さんとお話できて、少し気が楽になりました。CRSについて、難しいことはわかりませんけど、ある程度知識を得たことで、漠然とした恐怖感は消えたような気がします。それでも、ファイルされていた奇妙な姿をした実験動物たちを見ていると、生理的な嫌悪感はどうしてもぬぐいきれないのですが。
 ああ、今更ですけど、やっぱりやらなきゃいけないんですよね、私も。


(長くなったのでつづく)


ラベル:妖怪 変身 超科学
posted by 三月うなぎ at 02:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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