2005年12月06日

ぬえ娘 その2

 私、女優やってます、山本柚香といいます。
 映画でぬえの役をいただいて、ぬえになったときのお話の続きです。
 前のお話はこちらからどうぞ。





 それから20分ほど経った頃でしょうか、山田さんが部屋にやって来ました。
「おはようございます。すみません、遅くなってしまいまして」 
 山田さんは若手実力派女優として将来が嘱望されている方で、テレビドラマなどでもよく見かけます。確か去年あたりに、私の憧れの女優さんである高木のぶえさんと親子の役で共演されていて、うらやましいなあと思ったことを憶えています。
 年齢は19。私よりも4つ年下です。でも場慣れしているといいますか、落ち着いた雰囲気を持っています。顔立ちなんかも、やっぱり私と比べて断然かわいいなぁと、感心してしまいます。こういう人でないと、やっぱり売れないんでしょうかね。
「あ、山本さん? 始めまして、山田奈々子です。よろしくお願いします」
「山本柚香です。よろしくお願いします」
 これから3ヶ月間、一つの身体として過ごさなくてはならないわけですから、仲良くしておかなくてはなりません。
「本当にどきどきしますよね」
 山田さんはどきどきしているなんていう様子は微塵も見せずに、にこにこと笑っていました。いつでも笑顔。売れる人はやっぱり違います。
「いやもう、私なんかこの話をいただいてから、ずっと緊張しっぱなしでしたよ」
 私は言葉どおりに緊張した面持ちで答えます。うーん、いけないぞ私。リラックス、リラックス。

「ここだけの話ですけど……」
 そう言うと山田さんは私の耳元に近づいてきました。
「私、本当は最初は弘子役でというお話もあったんですよ」
「え?」
「弘子役の方に悪いので黙っていてくださいね」
 弘子というのは、主人公のガールフレンドです。妖怪物なのであまり活躍する場面は無いのですが、まあこの映画のヒロインみたいなポジションです。
「とにかく私、いろいろな役に挑戦してみたかったんです。今は事務所も気を遣ってくれますけど、長く役者を続けるためにはしっかりとした演技力を身につけておかないといけませんしね」
 す、すごい。私はとにかくお仕事をいただけるならなんでもやらせていただきますといったスタンスなのですが、仕事を選べる立場でありながらあえてこんな役に挑戦するなんて。
 ただ、少し穿った見方をするならば、対外的な優等生発言かなとも思ってしまいます。だって、私が言うのもなんですけど、あんまりやりたい役だとは思えませんよね。私なら絶対に弘子役の方を選びます。まあ、それくらい優等生な方がうまくやっていけるのでしょうし、演技の幅を広げること自体はいいことですしね。
 でもこの撮影期間中に、山田さんには少しでも本音に近いところを喋って欲しいなと思いました。本当にぬえ、やりたかったの?

 そんなことを話していると、松下さんが私たちを呼びに来られました。
「準備ができましたので、こちらにお願いします。よろしいですか?」
「はい」
 ああ、ついに来ました、運命のとき。
「いよいよですね」
 山田さんは妙に嬉しそうです。これは純粋に好奇心を刺激されているんだろうなあと思います。一方今の私の心境は、小学校の頃の予防接種の順番待ちと言ったらよいでしょうか、別に大したことじゃないと頭では理解しながら、内心すごくどきどきしてしまいます。ああ、小心者な私。
 大丈夫、大丈夫。なんでもない、大したことない、どうってことない。
 私はそうぶつぶと心に言い聞かせながら、先に行ってしまった山田さんの後を追いかけました。





 私たちは小さな部屋に通されました。
「それじゃあこちらで服を全部脱いで、こちらのガウンを着用してください」
 今度は松下さんではなく女性の方が応対してくださいました。いつ本番が始まるかわからないまま工程だけが進んでいくのは、心臓に悪いですね。
 山田さんはてきぱきと服を脱いでいきます。本当にためらいが無いといいますか、やっぱり山田さんのプロ根性は本物ですね。いけないいけない。私、さっきからひがんでばかりですよね。反省。
 あ、ですが、スタイルだけは私の勝ちでした。ひいき目抜きで、ですよ。山田さん、幼児体型、とまでは言いませんけど……。

「こちらがCRSルームです」
 ガウンに着替え終わった後、私たちはCRSルームに通されました。ルームといいますか、一部屋分まるまる装置といった感じです。
「一部屋というか、建物全体がこの装置のために設計されているんですけどね」
 先ほどの女性が笑って教えてくれました。
 部屋の外には何を示しているのかよく分からない計器がたくさん付いていました。緑のランプや赤いデジタル表示の数字の明滅、何かを記録している紙テープなど、映画などで見るときはただのガジェットかと思っていましたが、実際に利用しているものなんですね。その稼動しているところは、まさにSFの世界です。
 部屋の入り口は3重構造になっていまして、その狭い入り口をゆっくりと入っていきます。内部はまるで宇宙船みたいでした。だんだんこの研究室全体が何かの冗談のような気がしてきました。うーん、へなちょこ役者にはついていくのがつらいです。

「蛇、入りまーす」
 山田さんと二人、しばらく内部の様子を眺めていますと、ガラス製の巨大な水槽に入れられた蛇が入ってきました。えーと、知識が無くてなんという種類の蛇かはわかりませんが、緑色で体調は1メートル以上、直径10cmくらいはあるでしょうか、かなり大きな蛇でした。
「いやー。気持ちわるーい」
 なんて言葉ではいいながら、山田さんはしげしげと蛇を眺めています。その蛇が、山田さんのお尻から生えてきて、その先っぽに私の頭が乗るわけです。こうして考えると、今更ですが異常な状況ですよね。頭の中では何度もイメージしてみましたけど、実際に蛇を目の当たりにしてみると、その異常な事態に思わず逃げ出したくなってしまいます。

「虎、入りまーす」
 今度は4人がかりでごろごろと押されて、虎の檻が入ってきました。
「案外小さいんですね」
 虎というと子供の頃動物園で見ただけで、とても大きいという印象があったのですが、その虎はまだ子供なのか、思っていたよりずいぶん小ぶりな感じでした。
「だって私の手足になるんですから、そんなに大きな虎は使えないでしょう」
 とは山田さんの弁。それもそうですね。
 山田さんは興味津々で檻に近づき、虎を見物しています。やっぱり肝が据わっていますね。私も見たいんですけど、子供とはいえやっぱり少し怖いです。噛み付いたりしないかしら。

「では、山田さんはこちらにお願いします。山本さんはこちらに」
 私たちはそれぞれ立ち位置を指定されました。
「ここでじっとしていればいいんですか?」
「いえ、そんなにじっとしている必要はありませんよ。少し動くくらいは平気です。それに立つ場所も実際は多少ずれてもそれほど関係ないんです。でも、やっぱり安定性が違いますから、なるべく動かないようにお願いします」
「はあ、そうなんですか」
 わかったようなふりをしてみましたが、動くことはそれほど関係ないっておっしゃいましたけど、実際にはどれくらい関係あるんでしょうか。本当に何気なくおっしゃいますけど、不安で不安で仕方ないんです。ぴくりと動くのも憚られ、もう身体がコチコチになってしまいます。

「では、ガウンをお預かりします」
 ガウンを預かると、女性はそのまま出て行ってしまいました。狭い部屋の中に、若い全・の女性二人と、虎と蛇というシュールな光景。檻の向こうから虎がこちらを見つめています。格子越しとはいえ、・で虎の前に立つのはすごく心もとないものです。ああ、そんなに見ないで……。
 ちらりと横を伺うと、山田さんもさすがに身体をこわばらせているみたいです。その様子を見て、私は却って安心できました。山田さんもやっぱり一人の女の子なんだなって思えましたし、私にもちゃんと道連れがいるわけですからね。

 ふうっと一つ深呼吸して、静かに眼を閉じ、そのときを待ちます。
「じゃ、始めまーす」
 スピーカーから声が聞こえてきました。今のは松下さんだったでしょうか。ずいぶん軽く言われたのですが、松下さんたちにとっては別段なんてことのない作業なんでしょうけど、身体をいじられるこっちの身にもなってくださいよ。って、松下さんたちも実験段階では被験者になっているわけですから、えーと、初めて体験する身にもなってくださいよ……。

 と思う間もなく、ブーンと低くうなるような音が聞こえてきました。ちょっと待ってくださいよ、まだ心の準備が……。





 私はゆっくりと眼を開けました。当然ではありますが、依然そこはCRSルームの中でした。
 終わったのでしょうか。
 ……? あれ? 以前とあまり違和感がないような気がしますが……。
 身体を分解して再構成するなんていう冗談みたいな装置。私にとってそれは未知の機械、恐怖の対象だったわけですが、実際に体験してみれば、分解も再構成もほとんどなにも感じさせないまま、静けさを取り戻していました。
 目の前には、空になった虎の檻と蛇の水槽があるだけです。
 って、あれ? 手足が動く。虎の手足だけど……。ちゃんと身体も付いているし……。
 お尻のあたりに手を(足を?)やると、ぬるっとした奇妙な肌触りのシッポが生えています。そしてその先っぽには、怒りの形相の山田さんが……。
「ちょっと、なんであたしが蛇なのよ!」
 その大声に、思わずその場にへたり込んでしまいました。
「いたいっ。気をつけてよね!」
「ごめんなさい」
 ついうっかり蛇の胴体を踏みつけてしまったみたいです。でも尻尾なのに、私は全然痛くありませんでした。感覚が別系統に分かれているんでしょうか。

 どうやら、私の両手両足が虎の足に置き換わってしまい、その代わりに私がなるはずの蛇の頭に山田さんがなってしまっています。体を再構成するときに何か手違いがあったらしく、私と山田さんの納まるべき部位が入れ替わってしまったみたいです。



nue3.jpg



「山本さん! これどうなってるのよ!」
「そんなこと言われても……」
 私だってどうなっているのかさっぱりわかりません。
「いや、いやよ、蛇なんて……。やだぁ」
 山田さんはずいぶん取り乱しています。無理もありませんよね。実は私、虎の手足にはあまり違和感を覚えていないんです。もちろん人間のそれと勝手は違いますけど、まあ一応四肢が存在していますし。それに対して蛇の身体というのは人間と大きく構造が違いますからね。私も何度もイメージしてみましたが、最後まで掴むことはできませんでした。それを気持ちの整理もなく、いきなり蛇にされてしまっては……。
「山田さん、落ち着いてください」
「ちょっと、なんでなのよ! あんたが蛇でしょ! 早く私の身体、返してよ!」
 山田さんはぬっと私に顔を近づけてきます。うぅ。私にそんなこと言われましてもぉ!
 そのとき、外からドア開けられ、急にどやどやと、大勢の方がCRSルーム内に入ってこられました。
「ディンガー?」
「うん、ディンガー、ディンガー」
「ラッキーと言うべきかアンラッキーと言うべきか……」
「まさかディンガーが起きるとはね」
 皆さん一様に「ディンガー」「ディンガー」と言っています。ディンガーって何ですか?
「いやあ、実はディンガー現象が起きてしまいまして……」
 私たちはかくかくしかじかと、今回のアクシデントの説明を受けました。もっとも、私にはほとんどちんぷんかんぷんでしたし、山田さんは頭に血が上っていて話を聞くどころではなかったようですけど。
 一応私に理解できた範囲でお話しますと、どうやら今回の事態は「ディンガー現象」と呼ばれるもので、同種の生物を再構成する際に一定の確率で情報が混線してしまう現象のようです。それは理論上避けられない事態でして、実際に過去にも何例か報告されているそうです。多分、ディンガーさんが発見したのでしょうね。

「でも、この身体は山田さんのですよね」
 ちらっと下を覗くと、何と言いますか、ちょっと懐かしい感じの身体つきが見えます。首から下は、幼児体型、じゃなかった、未発達な山田さんの身体でした。
「ああぁっ。ちょっと、早く隠してよ。みんなも、見ないで!」
 ああ、そういえば私、・でした。男性がたくさん入ってきているのに、全・で突っ立っていたのです。私はしゃがみこみ、体育座りで前を隠します。山田さんのものとはいえ、この子供のように小さくなってしまった胸は、私もちょっと恥ずかしいです。
 女性研究員の方がガウンをかけてくださいました。袖に腕を通そうと思ったのですが、腕が太くて通すのがちょっと大変でした。
「ちょっと、出してよ」
「あ、すみません」
 ついうっかり山田さんをガウンの中に閉じ込めてしまいました。そのまま後ろから出すと会話が大変ですし、なによりお尻が丸出しになってしまいます。そこでくるっと腰から胸の方に回して、ガウンの胸元から首を出します。ぬえというよりも、カンガルーみたいですね。
「……最低」
 山田さんがぼそりとつぶやきました。山田さん、怖いです。

「いやー、しかしまさかディンガーが起こるとはね。山田さんと山本さんだから、間違えちゃったのかな? はっはっは」
 年配の研究者の方の冗談に、皆さん大笑いしています。いやあの、和んでいるところ申し訳ありませんけど、当事者としましては笑えないのですが、その冗談。
「ちょうどいい機会だからあのデータ取っちゃいましょうよ」
「今から実験系組める? 確かそのまま残していたと思うけど」
「大丈夫だと思います。ちょっと確認してきます」
「でも今回の状況は結構特殊だから、MNでちびちび計測した方がいいんじゃないですか?」
「そうかもしれない。でもまずはあっちで大雑把に計測して、その結果しだいだね。多分いけるんじゃないかとは思うんだけど」
「あの、僕もやりたい実験があるんですけど……」
「うーん。今回はとりあえず篠原さん実験と木下さん実験が優先だね。悪いけど藤田さんのは余裕があったらってことで。あ、でも篠原さん実験に便乗できるんじゃない? 聞いてみて」
「わかりました。一応準備だけしておきます」
 ……えーと、私たち、実験動物ですか?
 ディンガー現象は意図的に起こせない上に発生確率も低いため、CRS的には失敗なんですけど、貴重なデータになるらしいのです。ですから研究員の方々は、このまれな事例を前にして、妙にハイテンションになってしまっているのです。
「ちょっと、浮かれていないで早くなんとかしてよ!」
 ですがみなさん、なにやら議論に花が咲いてしまって山田さんの話なんて聞いてはくれません。
「話を聞きなさいってば。ちょっと、聞いてるの?」
 それに、山田さんはしきりに訴えかけていますが、どのみち3ヶ月は再変身することはできないんですよね、私たち。

 私はこの異常な状況を、どこか覚めた眼で見つめていました。
 こんなことで、映画はちゃんと撮影できるのでしょうか?





 私と山田さんのポジションが入れ替わってしまったということは、映画の撮影にとても大きな影響を与えました。結局、撮影は私と山田さんの配役を入れ替えて、ぬえのキャラクター性も大きく変更、ただし撮影スケジュールはそのままということで続行することになりました。
 私は台詞が増えましたし、ぬえのメインキャストとして扱われましたし、何より普通に(虎の、ですけど)手足が使えましたので今回のアクシデントは思わぬ幸運だったのですが、山田さんは事実上の役の格下げに加えて蛇の体ですから、不満たらたらでして、3ヶ月間一緒に過ごしていて本当に怖かったです。何をするにも山田さんの命令に従わなくてはいけませんでしたし。ただその分、演技も真に迫っているといいますか、のんびりしている私をどやしつける蛇というのがはまっていまして……。撮影が行われていた間、身体がぬえに変わってしまっていたということもありますけど、自分と役との境目がほとんどなく、役者として貴重な体験をさせていただいたと思います。

 で。

 映画はどうにかこうにか完成までこぎつけて無事公開されました。私たちは隔離に近い生活を送っていたのでよくは知らないのですが、今回の配役変更は芸能ニュースでも大きく扱われたみたいで話題にはなっていたようです。ただ、人気女優と売れない女優のキャストが入れ替わったせいなのか興行成績は振るわず、作品としても映画評論家からもホラーファンからも酷評されてしまいまして、世間的には失敗作という烙印を押されてしまいました。山田さんの経歴でも、なかったものとして扱われているみたいです。私にとっては一応代表作なので、そういう扱いを受けるのはちょっと悲しいのですが……。

 ただ、一部マニアの方からは絶大な支持をいただきまして、ファンクラブというものも作っていただきました。色紙にサインしたのなんて生まれて初めてですよ。本当にありがたいお話です。雰囲気がちょっと怖いので代表の方ともまだ直接会ったことはないんですけどね。

 それで、今は特撮系イロモノ女優として、それなりに仕事をいただけるようになりました。お化けや怪人といった役が多いのですが、とりあえず、幸せにやっております。


(おしまい)


ラベル:変身 妖怪 超科学
posted by 三月うなぎ at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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