2008年12月12日

もうひとつの「見た、着た、買った」

『悪い。30分遅れる』
 ヒトミからのメールを確認し、携帯をパチリと閉じる。ヒトミの遅刻癖はいつものことだから、別段気にするようなことでもない。世の中には時間にルーズな人間も確かに存在していて、どうやら本人にもどうすることもできない類のものらしいのだ。それは友人との飲み会だろうが、俺とのデートだろうが、一切関係ない。しかし、待ち合わせの1分前にしっかりと遅刻メールを送ることだけは忘れないのだから、もう少しなんとかならないものかと思わずにはいられないのだが。
 時間を潰すために、しばらく近くをぶらつくことにした。普段あまり行かないようなところを散策しようかとも思ったのだが、駅ビルの中は女性服売り場ばかりなので、男一人ではどうにも居心地が良くない。仕方がないので本屋にでも行こうかと思ったところで、ある一着の衣服が目に入り、つい足を止めてしまった。
 それは確か、漫画か何かのキャラクターのコスチュームだったと思う。そうだ、彼女の家で小説だのアニメだのと色々と説明を受けたヤツだ。そう、ナントカ姫物語。何姫だったっけ? 変な名前だったんだよな。正直なところ、内容はほとんど頭には残っていない。
 よく見るとその店には、赤だの黄色だのピンクだの、カラフルな色のコスチュームが所狭しと陳列されていた。色使いだけでなく、リボンやフリルなどのデザイン面も派手なものが多い。セーラー服などもあるが、実際にこれを採用する学校があるとはとても思えない。いわゆるコスプレの専門店のようだが、さして大きくもない地方都市にもこんな店があるのかと、少し感心した。

「もっとよくご覧になられてはいかがですか?」
 突然背後から声をかけられて、俺は飛び上がるほど驚いた。振り返ると、真っ赤なスーツを着込んだ店員さんが、俺のすぐ後ろに立っていた。
「こういった衣装にご興味をお持ちですか? 男性でもそういう方はいらっしゃいますので、なんでしたらメンズサイズのものをお持ちしますが」
 やばい。俺はこういうベタベタ付きまとってくる店員が苦手なのだ。用事があったらこっちから呼ぶから、買う気もなくただ眺めているだけの客未満のヤツにまで声をかけてくるなよ。まあ時間なら少しはあるけど、コスプレになんて興味ない。
「いや、俺は別に……」
「そうおっしゃらずに、ほら、よくご覧下さい」
 とにかくその場を離れようとしたのだが、しかし店員は俺の肩を両腕で掴むと、おでこがぶつかるほど顔を近づけてきた。
「ほうら、よく見てください。ようく、ね」
 ……あれ?
 何か変だ。店員の目を見つめている内に、なんだか頭がぼんやりとしてきた。
 えーと、えーと……。
 俺、何しているんだっけ? 
「店頭ではなんですので、どうぞ、奥の方へいらして下さい」
 だめだ、頭がまったく回転しない。俺は店員に促されるまま、断ることもできずに店の奥へと連れ込まれてしまった。



「はい。これで完成ですね」
 その店員の声で、俺は我に返った。
 店員は腰をかがめて、俺のスカートの裾を整えている。
 ……って、俺のスカート?
「え? ちょっと、何で!?」
 そこは試着室の中だった。傍らにある鏡に映った俺の姿は、紺色のドレスを着て、頭には緑色のカツラが乗せられている。それに、どうやら化粧も施されているようだ。
「ちょっと、やめて下さいよ! 俺、コスプレとか、興味ないですから!」
「そうですか? よくお似合いだと思いますよ」
「似合うとかじゃなくてですね。……すいません、待ち合わせがありますので、もう行かないと。俺の服、どこですか?」
「お客様のお洋服でしたら、今お召しになっていますが」
 店員は俺の着ている服を指し示す。俺は呆れて、ひとつ、大きく息を吐いた。とにかく、この店員の強引なやり方に巻き込まれてはいけない。こちらも強気に、しっかりと意志を伝えなくてはならない。場合によっては、多少強引なやり方もしなくてはならないだろう。
 辺りを見回すが、俺が着ていた服は何処にもない。どこか別なところにおいてあるんだろうか。この様子では簡単に服を持ってきてくれるとも思えないが、かといってこの格好で試着室から出るわけにもいかない。
「いい加減にしてください。こっちは急いでるんだから!」
 思わず声を荒げてしまったが、店員は怯むことなく、真正面から俺の顔を見つめてくる。
「とても、よく、お似合いですよ」
 やばい。表でやられたのと同じだ。抵抗しなくてはいけないと思ったが、俺が何かをするよりも早く、頭の中に霧が立ち込めてくる。
「衣装、ウィッグ、ブーツのセットをご購入された方には、ドロワーズをサービスさせて頂いております。どうぞ、こちらへおいでください」
 店員は試着室のカーテンを開け放つと、俺の手を引いて下着売り場へと案内していった。えーと、ドロワーズって、何だっけ?



「ありがとうございました」
 店員の声で、俺は再び我に返った。
 えーと、なんだっけ?
 左手には財布が握られている。その中は小銭ばかりで紙幣が入っていない。デート資金にかなりの額を用意しておいたはずなのに、なんでこんなに少ないんだ?
「タカオ?」
 そこにはきょとんとした顔をしたヒトミが立っていた。そうだ、ヒトミが遅刻してきて、時間を潰していて、それで、どうしたんだっけ……。
 しかしヒトミの少し引き気味の表情を見て、俺は自分の置かれている状況を思い出した。
「やだ、何、それ? カラスミ子でしょ、『サカタラ姫物語』の。タカオ、そういう趣味があるの?」
「いや、これは、違うんだ。別に」
「『サカタラ』にはハマッてもらいたかったけどさー。タカオがそういうの好きなら好きで別にいいけどさー。でもさー、それはちょっと、一緒に歩きたくないわー」
 待て、待て! こんな訳のわからない状況は、どうやって収めればいいんだ? 考えろ、冷静に、クールに。10数えるんだっけ? 素数だったかな?
 そうだ、ここは素直に話すしかない。俺にやましいことは何もない。別にコスプレ趣味もなければ、女装趣味だってない。ただ、不幸にして変な事件に巻き込まれてしまっただけだ。理由がわかれば、ヒトミだってわかってくれる。そうだ、それから店にもクレームをつけて、早く服を返してもらわないと……。
 ようやく考えがまとまり、口を開こうとしたとき、横からあの店員が現われ、俺とヒトミの間に割り込んできた。
「お客様、こちらの方のお連れ様でいらっしゃいますね。カラスミ子にはやはり、コノワタ子を合わせるべきだと思いますが、お客様でしたら、きっとお似合いになると思いますよ」
 店員の視線の力にやられたのか、ヒトミもまた薄ぼんやりとした表情をして、店内に連れられていってしまった。こういうときは、えーと、10数えるんだったっけ? それとも、素数だったっけ?





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(おしまい)




posted by 三月うなぎ at 02:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 女装 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 本筋とは全く関係ないですが、店員さんがすごくツボです。
 あと、アナコンディさんに似て・・(以下略)
Posted by 七誌 at 2008年12月14日 00:10
これは特撮でよくある、変装して人間界で工作する女幹部みたいな感じをイメージしていました。厚化粧で、やや年増で、みたいな。
Posted by 三月うなぎ at 2008年12月14日 21:58
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