2006年01月24日

のっぺらぼう

 あるの晩のことでありました。人気の無い無人駅の駅舎から男がひとり、千鳥足でとことこと歩いてまいりました。男は新年会の帰りでべろんべろんに酔っ払っておりまして、額にはネクタイを巻き、手には寿司の折り詰めと、まあ典型的な酔っ払いスタイルでございます。あっちへふらふら、こっちへふらふらしながらも、それでも勝手知ったるなんとやら。どうにかこうにか家のある方へと向かっておりました。
 しかしそんな状況ですから注意力も散漫になってしまいます。駅を出てすぐのところにある角を曲がったところで、目の前に突っ立っていたたて看板に気がつかず、おもいっきり頭をごつんとぶつけしまったわけです。男はその場でひっくり返ってしまい、あいたたたたたとたんこぶのできた頭をさすり、いてててててと転んだときにしたたかに打った尻をさすって、格好悪いことこの上なし。しばらくは尻もちをついたまま痛みに耐えるばかりでしたが、はたと落ち着いてみるとこんな姿を誰かに見られちゃいないかと気になってしまいます。あたりをきょろきょろと見回していみますと道路の反対側、ちょうど郵便ポストの向こう側に誰かの人影が見えます。

 ありゃあ、誰かに見られちゃったか。こりゃあ恥ずかしいと、男はひとつ咳払いをして誤魔化してみたりしますが、よく見ればその人影の様子もちとおかしい。それは腰までありそうな長い髪をしたセーラー服姿の女性で、こんな夜中の寒い中に女子高生がコートも着ないで一人で何をやっているのかということもそうなんですけど、なにやらうずくまったまま、ぴくりとも動かない。
 これには男も逆に心配になってしまいました。どこか具合でも悪いのかと思い、「おい、どうしたの」と、いくらかの助兵衛心を抱きながら、そっとセーラー服に呼びかけます。けれど、何度か声をかけても返答はありません。仕方がなく男は道路をつうと横切り、女性の肩をとんとんと叩きます。
「ちょっと、大丈夫か?」
 男の言葉に、ようやく女もそうっと顔を上げます。
「ええ、何でもありません」
 しかし男は、その女性の長い髪の合間から覗いた顔をみて、胆を冷やしました。その女性には眼、鼻、口と、顔の部品がことごとくつるっとして何も存在していない、いわゆるのっぺらぼうだったのございます。
 うわあと一声あげると、男は腰を抜かして再び尻もちをついてしまいました。足はがくがく、あごもがくがく、舌もひきつって声も出せません。
「少し気分が悪くなってしまいまして」
 女性の言葉はもう男の耳には入っておりません。抜けた腰を無理やり起こし、震える足を強引にひっぱたいて、男は尻の痛みもなんのその、一目散にびゅうとその場から逃げ出しました。



 そのままどたばたと100メートルほど走ってきたものの、日ごろの運動不足がたたってしまい、男はあっという間に息が切れてしまいました。ぜえはあ、ぜえはあいいながらも、ともかく人のいるところに逃げ込みたい一心で、目の前にあったコンビニエンスストアにどうにかこうにか転がり込みました。
 田舎町のことですから、深夜のコンビニに客は無く、レジにも店員は立っておりませんでした。男はとにかく誰でもいいから人に会いたかったので、いっそのことレジの奥の事務室まで入っていこうかとも思ったのですが、そのとき奥の酒類コーナーから「いらっしゃいませ、こんばんは」と少し投げやりな感じで男の声がしました。
 ともかく人がいることがわかり、男はほっと胸をなでおろします。それでもって、とことこと声のしたほうに移動してみますと、店員はどうやら商品の整理をしていたようで、ビールの棚にせっせと商品を補充しております。
 男はぐるりと商品棚を眺め渡します。胆を冷やしたのと全力疾走したのとで酔いもすっかり醒めてしまっておりました。こりゃあ、缶ビールやらチューハイやらで飲みなおそうかと舌なめずりをしたのですが、飲み会の帰りに酒を土産に持って帰ったら妻の小言もちと怖い。そこで思い直しまして、ペットボトルのコーヒー飲料を手に取りました。
「すいません、レジお願いします」
 男は黙々と商品を並べている店員に声をかけました。
「はい」
 男の声に反応して店員が振り返ると、男は驚きのあまり声を上げて、みたびその場でひっくり返ってしまいました。その振り返った店員の顔も、先ほどの女性同様に、つるりんとしたのっぺらぼうだったのです。
 男はもう、うわひ、うわひと声にならない声を漏らしながら、ひっくり返った四つんばいの格好のままコンビニの入り口まで這っていきまして、全身で手押しのガラス戸を押して、どうにかこうにか戸の隙間から身体を外へと押し出しました。そしてコンビニを出てからもう一度ごろんと一ころびしたあと、一目散に家に向かって走り出しました。
 今度はもう息が切れたなんて言ってはいられる状況ではありません。100メーター、200メーターもなんのその。火事場の馬鹿力を発揮して、家まで歩いて10分の道のりを、ぐわぁっと一気に駆け通してしまいました。



 ぜえぜえひいひい、ぜえぜえひいひい。息も絶え絶えになりながら、がちゃりと家のドアを開け、男は前のめりに玄関に倒れこむと、ごろんとひっくり返って大の字になりました。
「あなた? 帰ったの?」
 台所の方から、妻ののんきな声が聞こえます。男は疲労のあまり、弱々しく声を漏らすのが精一杯。
「お風呂沸いてるわよ。さっさと入っちゃってちょうだい」
 ああと妻に返事をして、男は靴を脱ぎ、まだ痛む腰をさすりながらよっこらしょと立ち上がります。
 ここは我が家だ、我が城だ。ここまで来ればもう安心だ。男は安堵感から思わずうひひと気味悪く笑い出してしまいました。

 男は重い足取りで居間に入ってまいりまして、コートと上着をソファーの上に乱暴に投げ捨てて、額に巻いていたネクタイも床に放り投げます。そして台所にいる妻に声をかけて、水を一杯持ってきてくれるよう頼みます。この頃になってまいりますと、寿司の折り詰めをどこかに置いてきてしまったことに気がついて、もったいないことをしたなあと思うくらいには冷静さを取り戻しておりました。
 ワイシャツのボタンを外しながら、男は奥にいる妻に声をかけます。
「おい、聞いてくれよ。さっきそこで化け物にあったんだ」
「化け物?」
 ちょろちょろちょろと、台所からコップに水を注ぐ音が聞こえてまいります。その音を聞いていると無性に喉が渇いてしまい、待ちきれなくなって男はごくりとつばを飲み込みます。
「それがな。その信じられないかもしれないけれど、顔が、顔がな……」
「顔がどうしたんですか?」
「顔が、その、おかしかったんだよ、その……」
「へぇ、それはこんな顔でしたか?」
 ぺたぺたとスリッパを引きずる音とともに、妻はのれんをかきわけて、にゅうっと顔を突き出しました。



syuno-bon.jpg



 その妻の顔を見て、男の驚いたことといったら!
「違うよ! お前そりゃ、朱の盆だろう。そんなんじゃないんだよ!」
 驚かせようと思っていたのに男から意外な反応が返ってきまして、妻は落胆したように力なく首を振りました。
「そうなの? せっかく杉野さんに頼んで特殊メイクしてもらって準備していたのに」
 男はそんな妻の様子はまったく意に介さず、盆の上に乗っていたコップを手に取ると、ごくごくと美味そうに、一気に飲み干してしまいました。
 妻はなおも未練がましい様子でしたが、男は来る途中ののっぺらぼうだけでもうお腹一杯。妻のいたずらにまで付き合っていられるような気分ではありませんでした。
「いいよ、もうそんないたずらは。それより風呂に入って、今夜はさっさと寝ちまいたいんだ。お前もいつまでもそんな顔でいるんじゃないよ。気持ち悪い」
「そうね」
 妻は自分のあごの辺りに手をかけると、顔に張り付いていたラテックスのマスクをべりべりべりと一息に剥ぎ取ってしまいました。
「あー、すっきりした」



syuno-bon2.jpg



「ぎゃー!」
 朱の盆の下から出てきた妻のつるりとした顔を見て、男はソファーの上でずでんとひっくり返り、そのまま気絶してしまいました。
「あらあら、あなた。寝るならあなたもきちんとしてくださいよ」
 そう言うと妻は、気絶している男の鼻をちょんとつまんで上に引っ張りあげました。すると男の顔がぺろんと剥がれ、後にはのっぺらぼうだけが残ったそうです。

 いきがぽーんとさけた。


(おしまい)


posted by 三月うなぎ at 00:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
のっぺらぼうのネタ、大好きです。
ぜひまた、のっぺらぼうになってしまった美女のイラストもつけて、お願いします。
Posted by のっぺらファン at 2006年07月22日 02:08
コメントありがとうございます。
人間にとっては顔こそアイデンティティを示す最たるものだと思いますので、それをどうこうするということには特にそそられるものがあります。
のっぺらファンさんにコメントを頂いたことで、今またのっぺらぼう方面に頭が引っ張られてしまいました。何か適当なネタがあったら、書こうかと思います。
Posted by 三月うなぎ at 2006年07月22日 19:10
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