2010年01月21日

メガネ

 僕は自分のセンスというものを、これっぽっちも信用してはいない。僕が気に入ったものを、他人が同じように気に入る可能性なんて、宝くじを当てるよりも低いだろう。だから、自分自身のことなら好き勝手に選択するから構わないのだが、人と関わることについては、僕の趣味のせいで気を悪くさせてしまわないだろうかと、いつも心のどこかに引っかかってしまう。そんなことは気の回しすぎだとも思うのだが、他人に不快感を与えるくらいなら、自分の方で引き下がった方がストレスが溜まらなくて楽なのだ。そもそも僕自身だって、自分の選択がそれほど優れていると思っているわけではないのだから。
 だから、よほど思い入れがあったり、強い信念があったりするならば話は別だが、大概のことは付き合っている彼女に決めてもらうことにしている。食事のメニューや服の選択はもちろん、一緒に観にいく映画に旅行の行き先、起床時間に就寝時間、さらには生命保険から墓石のデザインに至るまで多岐に渡っている。もっと主体性を持てと言われることも無いではないが、選択権を譲っている僕の方がそれでなんら問題を感じていないのだから、この関係が変わることはまず無いだろう。
 そんな訳なので、当然誕生日のプレゼントも、何が欲しいのかを事前に彼女に質問することにしている。付き合い始めた最初の年には、僕は自分で考えて、コーヒーメーカーをプレゼントした。彼女と彼女の部屋の雰囲気から、なんとなくコーヒーメーカーがよく似合うと思ったからなのだが、それはコーヒーを作るより先に、彼女の顔に苦笑いを作り上げた。後で知ったことだが、彼女はコーヒーを飲む習慣がなかったらしい。そしてこれは最初から知っていたことだが、実は僕もコーヒーを飲まない。使われることもなく棚の上に置かれているコーヒーメーカーは落ち着いた味わいを醸し出しており、個人的にはかなりお気に入りの一品となっているのだが、コーヒーメーカーを見たときの彼女の苦笑いと、一度しか使用されることのなかったコーヒーメーカーの不憫さを考えれば、やはりこれは幸福な状況ではないと言わざるを得ないのだ。
 そして今年、彼女から誕生日のプレゼントとしてリクエストされたのは、「アクセサリー」だった。アクセサリーと言われても、これは随分と範囲が広い。真っ先に思いついたのは、指輪だ。それから、ピアス、ネックレス、ブレスレット。後は、名前がよくわからないけれど、髪につけるやつとか。これは少し考えなくてはならないようだ。と言っても、考えるのはアクセサリーの種類が多いから、という訳ではない。指輪が欲しいなら指輪をリクエストするだろうし、ピアスがほしいならそのように言うだろう。それを「アクセサリー」と敢えて曖昧な言い方をしたからには、「アクセサリー」というカテゴリーに含まれてさえいれば、その種類は問題とされないはずなので、その点についてのエクスキューズは得られる。結局「アクセサリー」という最低限度の枠組みを考慮して、その中で僕がどれだけのことをできるのかということが問題となってくるのだ。



 それから1週間が経過した。彼女はひとつ年をとり、僕はその記念としてアクセサリーをプレゼントした。プレゼントを受け取った彼女はその場でがさがさと包みを開いて中身を改めると、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつものちゃめっ気のある笑顔を取り戻した。怒っている風ではない。失望している風でもない。ベストの選択だったかはわからないが、どうやら僕のプレゼントは合格ラインを越えることができたようだ。
「私、アクセサリーが欲しい、って言ったはずだけど……」
 最終的に僕が選んだのは、メガネだった。彼女の視力はあまりよくはなく、普段はコンタクトレンズを使用しているが、メガネをかけてはいなかった。僕は特にメガネをかけた女性が好きだというわけでもないので、それ自体はどうでもよい。しかし前々から彼女がメガネをかけたらどうなるのか、なんとなく興味があったのだ。以前それとなく話を振ってみたときには、彼女も特にメガネが嫌いなわけではないようだったが、さりとて、そんなぼんやりとした理由ではメガネを購入するまでには到らなかった。そこで今回、誕生日という特殊な機会に恵まれたので、せっかくだからメガネをプレゼントすることにしたのだ。
「普通、メガネをアクセサリーとは呼ばないと思うよ」
 彼女はそう言うが、本当にそうだろうかと僕は思う。確かに一般的には、アクセサリーと言ったときにメガネを含めるケースは少ないだろう。しかし、アクセサリーとはすなわち、身を飾るもの、装飾品である。視力矯正器具としてのメガネは装飾品ではなく実用品かもしれないが、ぼくのプレゼントはそうではない。彼女に内緒で、彼女の視力に合わせたメガネを作るのは不可能だし、どうせコンタクトレンズを使用しているのだから、このメガネに度は入っていないのだ。伊達メガネならば、アクセサリーと呼んでも差し支えはないのではないか。身を飾るものとしても、衣類とは異なるし、化粧品でもない。やはり装飾品にカテゴライズするより他にないだろう。
「どう、似合う?」
 彼女が早速そのメガネを、鼻の上にちょこんと乗せてみる。いつもなら少しキツイ感じのする彼女のまなざしが、メガネのフレームに収まることで、心なしか優しく、穏やかに見える。そんな彼女の様子を見ると、このプレゼントを選択したのは正解だったのだろうと心から思うことができる。ここ1週間いろいろと考えてみたけれど、つまるところ、「アクセサリー」という言葉の意味やその解釈なんてどうでもよくて、彼女が僕に何を期待していたのかということもどうでもよくて、とにかく目の前にいる彼女によく似合い、喜んでもらえさえすればそれでよかったのだ。
 なんだ、案外簡単なことじゃないかと思うのは、おそらく早計なのだろう。それでもひとつの試練を無事に突破することができて、僕は少しだけ安堵した。この調子でいけば、彼女に素敵な誕生日を送らせてあげることができるかもしれない。すっと右腕を出すと、彼女は体を押し付けて、しっかりと絡み付いてきた。雪が静かに降りしきる中、僕たちはレストランに向けて歩き出した。果たして僕がセッティングしたディナーには、満足してもらえるのだろうか。



nose_glass02.jpg



(おしまい)




posted by 三月うなぎ at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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