2006年03月11日

もうひとつの「引っぱるな!」

 小学生の頃のことである。僕は大勢の仲間と一緒に遊園地に行った。遊園地なんて子供っぽいところにはそれほど興味はないというヒネたガキだった上に、そのメンバーが友達の親戚とか、塾の友達とか、僕の知らない人が多く混じっていたため、人見知りの激しい僕にとっては苦痛だった。それでもなんとなく居心地の悪さを感じながらも、ぼくは団体の最後尾で淡々とアトラクションをこなしていた。
 昼過ぎくらいだっただろうか、ジェットコースターから降りた後、女子が集団でトイレに行き、男子の何人かがジュースを買いに行った。そして、僕ともう一人が荷物番として残ってしまったのだ。そいつとは初対面だったので何を話して良いのかよく分からなかった。しばらくはパンフレットを読んだり時計を見たりして誤魔化していたのだが、ついに沈黙に耐え切れなくなり、僕は「トイレへ行く」と言ってそいつを一人を残して、ふらふらとあたりをうろつき始めた。

 周囲にはさまざまなアトラクションが並び、そこから時折歓声が聞こえてくる。そんな楽しそうな風景をを興味なく眺めていると、ふと、奇妙な人がこちらに向かって歩いてくるのに気がついた。奇妙な人というか、いわゆる着ぐるみというやつだ。ピンクのセーラー服という変な衣装を恥ずかしげもなく着ている。遊園地のキャラクターではないと思うのだが、なぜこんなところにいたのだろうか。
 その着ぐるみはすれ違いざま、僕に小さく手を振ると、そのまま歩き去ろうとしていた。ただ愛想を振りまいただけなのだろうが、僕は少しバカにされたような、子ども扱いされたような気がして、少しだけムッとした。それでついいたずら心を起こして、その着ぐるみのポニーテールをぐいと引っぱってしまったのだ。



mogeru.jpg


 するとそのポニーテールはマジックテープで止めてあったらしく、びりびりと音を立てて取れてしまった。その着ぐるみは一瞬転びそうになったのだが何とかバランスを取り直し、あわててずれてしまった頭の位置を修正していた。そしてあたりをきょろきょろと見回して僕を発見すると、両手を拳骨にして、なにやら訴えかけるような仕草をした。どうやら僕に文句を言っているようだ。しかし無言なので全然怖くはなく、むしろもっとからかってやりたくなってしまったほどだ。
 僕は着ぐるみの怒りを無視して、おもむろにスカートをめくってやった。その着ぐるみは、肌色のタイツの上に、白いパンツを着用していた。

 してやったり。僕はいい気になっていた。その着ぐるみはスカートを押さえて恥ずかしそうに僕の方を睨んだ。しかしどうやら僕の行動はその着ぐるみを本当に怒らせてしまったようだった。
 その着ぐるみは僕の右手をがっちりと掴んだ。振りほどこうとしても流石に大人の力だけに、とても振りほどけなかった。そして僕はその着ぐるみに手を掴まれたまま、人の来ない建物の陰に連れて行かれてしまったのだ。

 怒られる。

 その恐怖が僕の心を支配していた。この人に怒られる。遊園地の人に怒られる。親に連絡されて、親に怒られる。学校に連絡が行って、先生にも怒られる。もしかしたら警察も呼ばれるかもしれない。
 完全に萎縮していた僕の目の前で、その着ぐるみはおもむろに、頭を取った。



(どれかひとつだけ選択してください)
着ぐるみの中から現れたのは、こんな人だった。
着ぐるみの中から現れたのは、こんな人だった。
着ぐるみの中から現れたのは、こんな人だった。
着ぐるみの中から現れたのは、こんな人だった。



 それだけ言うと、その人はポニーテールを付け直して再びマスクを被り、あっけに取られた僕を置き去りにして人ごみの中へと入っていった。僕はあわててその着ぐるみの後を追いかけたのだが、あんなに目立つ格好なのにもうどこへ行ったのかわからなくなってしまった。

 僕はぼんやりしたまま、みんなの元へと戻った。帰る前にいくつかのアトラクションに乗ったが、心ここにあらずといった感じで、記憶にはほとんど残っていない。夕飯時も、風呂に入っているときも、テレビを見ながらでも、布団の中でも、着ぐるみの人の顔が頭に焼き付いて離れなかった。
 着ぐるみの中には人がいる。そんなことは当然僕だって知っていた。しかし、いざマスクを取った人を目の当たりにしてみると、それはとても現実のものだとは思えなかった。大人になるにしたがって幻想はひとつひとつ剥がされ、味も素っ気もない現実を突きつけられる。そういうものだと信じていた。だが現実にだって、僕が思うよりもはるかにファンタスティックな事柄もあるということに気づいたのだ。
 それから何度となくその遊園地に通ったのだが、あの着ぐるみの人とはついに再び出会うことはなかった。僕はその心の溝を埋められないまま、時間ばかりを無為に費やしていった。



 ……出番が近づいてくると、どうしても昔のことを思い出してしまう。
 そろそろ時間だ。僕は傍らに置いてあったマスクを手に取り、一言二言、言葉をかける。
 これからしばらくの間、僕は彼女に包まれる。自分でありながら自分ではなくなる。
 子供の頃の恐怖と憧憬とがないまぜとなった、不思議な時間が始まるのだ。



mogeru3.jpg


(おしまい)



ラベル:着ぐるみ 女装
posted by 三月うなぎ at 03:53| Comment(8) | TrackBack(0) | 着ぐるみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
子供のときのこの体験が彼をこの道にいざなったのですね。
私の子供のころは動物だけだったから、今の子がうらやましい。
でも、髭面の熊の様なおっさんでなくて良かった。そうだったら・・・夜も眠れなくなっちゃう。
Posted by よしおか at 2006年03月12日 00:56
以前の記事で私の着ぐるみ好きの始まりは学研の1年の学習だと書いたのですが、今考えたら劇団飛行船の「ブレーメンの音楽隊」の方が先だったような気がします。そのパンフには中の人の顔写真が載っていたと思うのですが、それが子供に与える影響みたいなものはやっぱりあるんでしょうかね。本当に今思い出したことなので、この話には一切反映されていないんですけど。
ちなみにポニテが取れたのは、適当に絵を描いていたらポニテを描き忘れてしまったためです。
Posted by 三月うなぎ at 2006年03月12日 11:57
よしおかさんのコメントにインスパイアされて、4つ目の選択肢をこっそりと作成。
リンクは張りませんが、適当にご覧下さい。
Posted by 三月うなぎ at 2006年03月12日 23:22
三月うなぎさん。
>4つ目の選択肢をこっそりと作成。
て、4つ目の選択肢ってどこなんですか?見つけ切れていないよ〜〜
Posted by よしおか at 2006年03月14日 22:24
すんません。
内容的にアレだったのと、後で追加したものなので本文と齟齬があったりしたことからリンクはためらってたんですけど、アクセス解析によるとほとんど観てる人もいないみたいですし、リンクを追加してみました。
Posted by 三月うなぎ at 2006年03月15日 00:22
お手数をお掛けしました。
でも、立派なお父さんですね。こんな親父少なくなったなぁ・・・
がんばれ!お父さん
Posted by よしおか at 2006年03月16日 22:04
親父ぃ〜!(T□T)
Posted by 虚無感 at 2007年06月05日 00:38
アルバイトしている女子高生めちゃ怒ってた
Posted by 大 at 2008年10月14日 14:04
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