「お、ごくろうさん」
高峰学園高等部3年B組は、学園祭で行われる演劇大会に参加することになっている。その演劇担当班で脚本を担当したのは、文芸部に所属する永野祥子。そしてそれをぱらぱらと眺めるのは、監督を務める映像研究会の高田哲則である。
「この敵役だけどさ、はっきりとは書いてないけどさ、身体の半分が男で半分が女、ってことでいいんだよね」
「そうよー」
大枠は事前に打ち合わせた通りなのだが、細かい登場人物の設定などは脚本の筆の滑り方にもかかっている。この半男半女の敵役も、打ち合わせの段階ではいなかったキャラクターだ。
「問題ある?」
「いや、それはいいんだけどさ、役者としては男と女、どっちが演じることを想定してるの?」
「え?」
沈黙する永野。
「……うまく演じられる人、かな」
「考えてなかった?」
「いや、頭の中では男台詞と女台詞と、別の人がしゃべっているつもりだったんだけど……」
「うーん。映画撮るなら吹き替えでもいいかもしれないけどさ、舞台だからね。声だけ当てるってのも、ずれたりするだろうし、あんまりやりたくないなぁ」
「そっか。でもどっちかというと、男がいいかな」
「なんでさ?」
「女の子にそんな変な格好させるのもかわいそうだし」
「そりゃ男子差別だよ」
高田が反論する。
「一般的には、男が女役をするよりも、女が男役をするほうが受け入れられやすいんだから、女子が演じる方がいいと思うんだけど」
「そうかなー。どうせコメディリリーフみたいな役どころだから、男子でもいいと思うけど」
二人とも、いろいろと方針を練っている。しばしの沈黙。
「どうしようか?」
「そうだなあ。今度のホームルームでみんなに諮ってみよっか」
「そだね」
「それで、役者の候補なんだけどさ……」
なにやらひそひそ話を始める高田と永野。
「じゃあそいうことで」
「そういうことで」
ぐっふっふ、と、二人で不気味に含み笑いをしながら、その日の打ち合わせは終わった。
そして翌日のホームルームの時間。ホームルームでは、学園祭に向けて作業の進捗状況や連絡事項が報告される。
3年B組では高田率いる演劇班と、通常展示である模擬店班とに分かれていた。模擬店の方はコスプレ喫茶をするらしいのだが、そちらではボディペインティングは猥褻か否かで議論が紛糾したものの、最終的には芸術であると結論づけられ、無事終了した。
そして演劇班の時間。高田から提議された、半男半女のキャラクターは男子と女子のどちらが演じるべきなのかというテーマ。これもクラスで意見が二分した。
「敵なんでしょ? だったら男子の方がいいよ」
「なんでだよ。そんなの関係ないじゃん」
「だって悪役だよ。男子の方が絶対上手いって」
「でも、女の悪役ならまた違った感じなんじゃないの?」
「どんなキャラかが問題でしょ。どうなの?」
「うーん。どっちかって言うと、情けない系?」
「うわ、微妙だな」
「いじられたりする? やっぱ男子じゃない?」
「いやいや、女子をいじめる方が……」
「それはあんたの趣味でしょ」
「二人で二人羽織みたいにやれないかな?」
「どうやって?」
「ホラ、こう……。無理かな?」
「男爵っていうくらいだから、男なんじゃない?」
「いやそれ関係ないし」
「男の女装より、女の男装の方が似合うんじゃない?」
「それは人によるだろ?」
「半分だけでも女装が似合う男子なんて、ウチのクラスにいるの?」
その質問を待ってましたとばかりに、永野の目が光る。
「男子なら、榎田くんがいいと思うんだけど」
永野の提案に、おー、とクラス中が沸き立つ。
しかしそれを押しとどめて、突然名前を出された榎田は抗議の声を上げる。
「ちょっと待てよ、勝手に決めるなよ。第一、俺、模擬店の担当だぞ」
「別に演劇班に移っても構わないわよ」
そう言ったのは模擬店班のリーダーの野本温子だ。
「そんなの、勝手に決めるなよ」
「榎田君の女装が見られるなら、あたしが榎田君の分まで働くわよ」
「厳密には女装じゃないけどな」
細かく高田がフォローする。
「それじゃ、女子なら誰がやる?」
「一応、新井さんを想定しているんだけど」
高田が提案する。
「えー。なんでよー」
いきなり指名された新井千絵は露骨に嫌そうな顔をする。
「いいじゃん、榎田君で。やだよ、あたし」
「俺だって嫌だよ。新井は元々演劇組だろ。新井がやる方がいいじゃん」
「そうだけど、裏方やるつもりだったんだからね。役者なんてやらないよ」
にらみ合う新井と榎田。お互いに引くつもりはさらさらない。
「ジャンケンすれば?」
誰かの声が飛ぶ。榎田は手を出してジャンケンをしかけるが、新井は負けたときのことを考えて少ししり込みをする。できれば口先だけで逃れたいところだ。
「ちょっと待てよ。劇の出来にも関わってくるんだから、ジャンケンなんかで決めて欲しくない」
高田が割り込んでくる。
「じゃあ、どうする?」
「うん。実際にやってみて、どっちが似合うかみんなで決めよう」
永野の問いに高田が答える。実は最初からこういう展開にもって行くつもりだったのだ。
「じゃ、新井さんと榎田、二人とも、ちょっと来て。実際にメイクしてみるから」
「へ? これから?」
「そう。これから」
急遽コンペティションが開催されるという展開に盛り上がりを見せるクラス一同。新井も榎田も、しぶしぶ付いていくしかなかった。
「他にやりたい人がいたら、参加してもいいよ」
永野の声に一瞬クラスが静まり返るが、立候補するものは誰もいなかった。誰だって、見世物になるのはごめんだ。
「お待たせ」
およそ20分後、高田が二人を連れて教室に戻ってきた。
「こんなんなったけど、どうかな?」

「おおー」
二人の姿を見て、教室がどよめく。
「でもさぁ、メイクしてみても榎田君は完璧男だし、千絵もちょっと無理があるよね」
「一長一短かなぁ」
「正直なところ、別にどっちでもいいんじゃないの?」
「演出次第のような気もするけど……」
「ねぇ、この際、兄妹ってことにして、二人とも出しちゃえば」
「「はぁ?」」
思いもかけない提案に、新井と榎田が声をそろえる。
「あ、今の兄弟みたいに息が合ってたよ」
「「合ってない!」」
「ホラね」
「脚本は書き直せそう?」
高田が永野に尋ねる。
「うん。元々端役だしね。出番を常に一緒にして、単に台詞を分割するだけでもいけるんじゃないかな。でも、二人いることでもっといろいろ遊べるかも」
「そうだね。そっちの方が演出しやすいかもしれない」
「じゃあ、二人とも出演ってことで異議のない人は拍手をお願いします」
あわてる榎田と新井を尻目に、教室に万雷の拍手が鳴り響く。
「「えー?」」
「じゃあそういうことで。二人とも、よろしくね」
和やかな雰囲気の中、新井と榎田は呆然と立ち尽くしていた。
(おしまい)
なんか、絵も文もいろいろ中途半端になってしまったような……。
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あれは、夫婦のミイラを、半分ずつつなぎ合わせて再生させたのだから、もう一体作るのは可能だったはず・・・
ドクター・へル。一体失敗したのかな?
だとすると、もう一体は男女が左右反対になりますね(←最初間違えて逆に描いていて、後で反転させたヤツ)。