2006年10月17日

てんびん座娘

 昔、貧しい親子がいた。年老いた両親は病弱で働くこともままならず、その生活は娘のわずかな稼ぎによってどうにか成り立っていた。
 ある日、娘の前に悪魔が現れた。
「お前の両親を買い受けよう。二人合わせて、金貨3枚だ」
 金貨3枚というのは、娘にとっては信じられないほどの大金だった。しかし両親を売り渡すことなど娘には考えられなかった。
 娘が悪魔の申し出を断ると、悪魔は一つの提案をしてきた。
「ならばおまえ自身の身をもって、両親と金貨と、それぞれの価値を実感するがよい」
 悪魔がぱちりと指を鳴らすと、娘は驚きの声をあげた。娘の身体は銀白色に光る天秤ばかりへと姿を変えていたのだ。



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 悪魔は天秤の左の皿に3枚の金貨を乗せた。初めて触れる金貨は娘にはとても重く感じられ、天秤はがくんと大きく左側に傾いた。
 そして次に、右の皿に両親が乗せられた。両親の姿はみすぼらしく、とても小さく思われた。
 果たして、両親が右の皿に乗せられたとしても、娘の腕は左側に傾いたままぴくりとも動かなかった。
 金貨とはこれほど重いものなのか。娘はその金貨で実現できるであろう豊な生活を思い描いた。しかしたとえどんなに裕福な生活を送ることができたとしても、けして両親と引き換えにできるようなものではない。
 天秤が金貨に傾いてしまっている以上、このままでは両親を売り渡すはめになってしまうだろう。娘はなんとか腕の傾きを逆にしようと、懸命に力を込めた。しかしそれは天秤ばかりとしての分を越えた行為であり、どんなに力を込めても傾きが変わることは無かった。
「これでわかったか。お前さんの両親はもらっていくぞ」
 このままでは両親が連れ去られてしまう。
 そのとき、娘の脳裏に子供の頃からの両親との思い出がよぎった。すると両親を乗せた右の皿がじわりじわりと重くなり、みるみるうちに右の皿が下がっていった。そして天秤ばかりは右に大きく傾いた状態で静止した。
「ふむ。金貨よりも両親が大事か」
 つまらなそうに悪魔はつぶやくと、来年また来ると言い残して、娘の前から姿を消した。
 娘は両親を抱擁し、危機を乗り越えて家族に平穏が訪れたことに安堵した。



 翌年、悪魔は再び娘の前に現れた。
 娘の父親は病のためにもう数ヶ月も床に臥せっていた。父親の薬代の捻出と、看病による疲労とで、娘の暮らしは困窮の度を強めていた。
「なんだ、父親は病気か。それなら支払う金貨は2枚だな」
 娘はまたこの提案を退けた。病の父を売り渡すなど、とんでもないことだ。
 悪魔が指をぱちりと鳴らすと、娘は再び天秤ばかりへと姿を変えた。娘が自らの変身に戸惑う間もなく、悪魔は左の皿に無造作に金貨を置いた。僅か2枚の金貨とはいえ、今の娘にとっては昨年の3枚よりも遙かに重く感じられた。
 右の皿に両親が乗せられた。しかし2人分の重みはやはり金貨の重さには敵わず、天秤ばかりは動かない。
 娘はまたも懸命に右腕を上げようとした。だが、娘の心はこの1年間の苦労によって苛まれ、追い詰められていた。必死に両親のことを思っても、どこか空気が抜けているかのように集中力が途切れた。
 天秤は動かない。
 娘が諦めかけたそのとき、父親がぐぅと苦しそうにうめいた。その声を聞いた娘は過ちに気が付き、自らの親不孝を呪った。私はそれでいいかもしれない。しかし両親には私しか頼る者はいないのだ。
 娘の目に生気がもどるのと同時に、天秤ばかりは少しずつ傾き、右の皿が水平よりも少し沈んだ状態で静止した。
 それを見て悪魔は「ふむ」と一声唸ると、また来年来るとせんげんして煙と供に姿を消した。
 娘は老親を抱きしめて延々と泣き続けた。そしてその日は、疲労に包まれてそのまま眠りについた。



 さらに翌年、みたび悪魔は娘の前に現れた。
 その頃には父親の病状は悪化しており、亡くなるのは時間の問題と思われていた。母親もまた、夫の看病の疲れが溜まったのか体調を崩していた。親子の生活は、いよいよのっぴきならないところまで追い詰められていた。
「母親も病気か。父親ももう死にかけだし、それなら対価はせいぜい金貨は1枚だな」
 仕事と両親の介護とで身動きがとれなくなっていた娘にとって、たった1枚の金貨とはいえ、その申し出はとても魅力的に映った。それでも娘は、疲労の蓄積した重い身体を引きずりながらも、その申し出を拒否した。
 悪魔はそんな娘の様子をやれやれといった様子で眺めると、指をぱちりと鳴らした。娘の身体はたちまちのうちに天秤ばかりへと変貌を遂げていた。
 左の皿の金貨によってはかりが傾いたことも、右の皿に両親が乗せられたことも、娘にはぼんやりとしか知覚することができなかった。ただ両親を救わなくてはならないという思いだけが頭の中を渦巻いていた。しかし、娘の必死の願いも虚しく、天秤は左側に大きく傾いたまま動こうとはしなかった。
 そうこうしているうちに、父親は皿の上で、妻に抱かれながら事切れた。娘にはもうひとかけらの力も残っていなかった。ただ涙を流しながら、あるがままの現実を受け入れるしか術は無かった。
「お前さん、ようやく正しい物の見方というものがわかったようだな。父親は死んじまったが、まあサービスしてやろう」
 そう言うと悪魔は1枚の金貨を置き、両親を連れ去ってしまった。

 両親がいなくなり代わりに金貨が残った。これで生活は随分と楽になるはずだ。
 娘は全ての枷から解放され、自由を手に入れた。そしてただ独り取り残され、ひたすらにおいおいと泣き続けた。

(おしまい)



ラベル:変身 魔法 ASFR
posted by 三月うなぎ at 23:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 星座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 この話…色々な意味でつらいですね。
 単に「親子の絆なんて…」と悪魔視点でのみ見られれば楽なのでしょうけど、そうなるとこの物語の半分しか見ていないと言いますか。

 仮にこの悪魔を誅せるのなら「本当に正しい考えなんてある訳ないはずだ」の言霊を添えたい所ですね。
 それ位この物語の背負うものは重く、厳しく…。
Posted by カギヤッコ at 2006年10月18日 20:35
きつい童話ですね。
今のオトナを天秤にして量ったら、なん年もつんでしょうね。一年も持てばいいほうかな?
そんな気がしながら読んでいました。
娘のようにがんばる人もいるでしょうが・・・どうなんでしょうね。
Posted by よしおか at 2006年10月19日 19:28
悲しさ以上に不条理さみたいなものを感じます。
最近は子供が親に、親が子供に殺されるという事件が相次いでますからね。こんな世の中じゃあ三回目までもたない人が多いかも・・・。
つくづく恐ろしいことです。
Posted by あらきん at 2006年10月20日 17:23
無力で受け身な存在に変身させられて、心を折られる様に萌える物語ですよね?
Posted by 某きよこ at 2006年10月21日 11:23
皆様、感想ありがとうございます。

実は某きよこさんのコメントが一番私のやりたかったことに近かったりするのです。
やっぱり萌えと物語のバランス関係というのは難しいものです。どうもその辺りに、創作活動をする上での迷いがあるんですよね。
Posted by 三月うなぎ at 2006年10月22日 21:00
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