2006年12月20日

へびつかい座娘とへび座娘

 昔、コロニスという美しい娘がいた。コロニスは他に並ぶ者がないほど卓越した技術を持った医者だった。神の血を引くコロニスの医術は、たとえどんな重篤な病であっても、深刻な外科的損傷であっても、たちどころに治してしまう力を持っていた。時には死者さえも蘇らせることができるという噂さえ立つほどだった。
 そのコロニスには恋人がいた。名はアポロ。アポロは壮健な体躯を持った若者であり、熊や獅子を前にしても怯むことなく立ち向かうだけの度胸と、それを仕留めることができるだけの技量とを併せ持った、優秀な狩人だった。



 ある日、アポロはいつものように狩猟のために森へと入っていった。アポロの眼はどんな小動物の動きも逃さず捉えることができる。しかしその日はどうしたことか、獲物の姿はまったく見当たらなかった。
 何の成果も得られないまま、日が暮れようとしていた。森は薄暗く、闇に沈み込んでいく。普段ならばもう帰る頃合いだったのだが、狩人としてのアポロのプライドが、手ぶらで帰ることを許さなかった。アポロはいつもなら慎重に避けていく森の奥の方まで、獲物の姿を求めて歩き続けていた。しかし、ケモノはもちろん、鳥の声も虫の声も、およそ動物の潜んでいる気配はまったく感じられず、辺りにはただ木の葉が風で擦れる音がざわめくのみだった。

 日が悪いのかもしれない。流石にアポロも諦めかけたそのとき、ガサガサという物音がしたかと思うと、傍らの茂みから不意に一匹の大蛇が飛び出してきた。その大蛇は赤と緑の混じり合った、不気味な斑模様の鱗を持っていた。
 アポロはとっさに弓に手をかけるが、それよりも一瞬早く大蛇がアポロの身体に巻きついてきた。そして大蛇はアポロを絞め殺すべく、アポロの全身を強烈に絞り上げた。
 大蛇の戒めを振りほどこうとアポロは鬼の形相で腕に力を込めるが、大蛇の巻きつく力は恐ろしく強く、けして緩むことは無かった。悲鳴を上げるのは、アポロの身体の方だった。
 まともな腕力では敵わないと悟ったアポロは、腰に刺していたナイフを掴むと、それを大蛇に向って振り回した。大蛇の皮膚は分厚くなかなか刃が立たなかったが、しかし二度、三度とナイフを振るい、ついにその皮膚を切り裂くことに成功した。そしてその裂け目から、ナイフを深々と大蛇のわき腹に突き刺した。
 大蛇は大きく叫びを上げた。よほど苦しいのか、大蛇はアポロを解放したその場で、じたばたとのた打ち回っていた。アポロは痛む身体を必死に鼓舞しながら、弓矢を手にして、立て続けに三本の矢を放った。その矢は狙いを過たず、大蛇の両目、そして口中を貫いた。口中に刺さった矢はそのまま大蛇の脳にまで至り、大蛇を絶命させた。アポロはその場にへたり込んだ。

 九死に一生を得たアポロは、その日の狩りを諦めて帰途についた。しかしその帰り道、アポロは自らの身体に異変を覚えた。蛇との格闘で負った傷は、アポロ自身、それほど大した怪我ではないと思っていたのだが、一歩歩くごとに足が重くなり、二歩歩くごとに身体がきしみ、次第次第にのしかかるように苦痛が増していったのだ。
 これはおかしい。早くコロニスに診てもらわなくてはならない。アポロは痛む身体を引きずりながら、ほうほうの体でコロニスの待つ家へと戻った。



 夜遅く、倒れ込むようにして家に入ってきたアポロを見て、コロニスは仰天した。これまでアポロが狩猟で酷く負傷をしたことなど、一度も無かったからだ。
 コロニスはアポロを寝台に寝かせると、早速傷の手当てを始めた。外傷はそれほど酷くはないので、じきに回復するとコロニスは判断した。だがその予想に反して、アポロの苦しみようは一向に回復しなかった。アポロはただ、苦痛にに身を捩じらせるのみだった。コロニスの手当てによって楽になるどころか、むしろ酷くなっているとさえ感じられた。
 コロニスはアポロに睡眠薬を飲ませ、とにかくその晩は休ませることにした。コロニスはそのまま、アポロの枕元で寝ずの看病を続けた。しかし朝になっても、アポロに回復の気配は見られなかった。

 改めてアポロの状態を診ようとしたそのとき、コロニスは妙なことに気がついた。アポロの腕の皮膚が、まるで鱗のように硬く変質していたのだ。そっと触ってみると、それはまるで蛇のような、爬虫類の皮膚のような質感だった。
 不審に思ったコロニスは、アポロに昨日何が起こったのかを訊ねた。全身を苛む苦痛に耐えながら、それでもアポロは言葉を搾り出し、獲物がまったく獲れなかったこと、そして森で赤と緑の斑模様の大蛇に襲われ、弓で射殺したことを告げた。
 そのアポロの言葉を聞き、コロニスは蒼ざめた。その斑の大蛇は、おそらく蛇の神の遣いだろう。アポロは神の遣いを殺めてしまったのだ。そしてそれがために、その身に呪いを受けてしまったのだ。この鱗はやがてアポロの全身に及び、そして最終的にアポロは大蛇と化して殺めた蛇の代わりに蛇の神に遣えることになるのだ。
 寝台の上で苦しげにのたうつアポロを見下ろし、コロニスは絶望的な思いに捕らわれていた。神の呪いを人の力で解くことなどできはしない。しかも神の遣いを殺めたとなれば、許しを請うても聞き入れられることはないだろう。
 それでもアポロを救わねばならない。コロニスは寝台の上で苦しむ恋人を抱擁し、自分の持つ医術の全てを傾けることを誓った。

 コロニスは裏にある小屋へ行き、幾つかの材料を取り出した。そしてそれらを煮込み、あるいは粉にして、調合の準備を進めていく。
 材料を鍋に入れて火にかけると、コロニスは引き出しから鍵を取り出し、倉庫へと向った。その倉庫には普段は用いることのない試薬が納められている。中には神の血を引くコロニスにしか扱えないという代物も多い。
 変身は気まぐれな神々の十八番だ。神の血を引く自分になら、それを防ぐこともできるかもしれない。皮膚の老化を防ぐ薬はどうだろうか。それとも炎症の薬のような外用薬が良いだろうか。いっそのこと一時的に仮死状態にしてしまうか……。
 それから三日三晩、コロニスはアポロを救うため、思いつく限りの薬品を調合し、アポロに投与した。しかしそれらの甲斐も無く、鱗はアポロの皮膚を侵食していった。さらに両足は接合し、両腕は胴体に溶け、口は大きく裂けて二股に分かれた長い舌が覗き、眼はぎょろりとむき出しになり、アポロは日々、確実に蛇と化していった。
 死者さえも蘇らせるというコロニスの技をもってしても、神の呪いに抗うことなど叶わなかったのだ。コロニスは自室に戻ると、ベッドに顔を伏せて号泣しながら己の無力さを嘆いた。

 万策尽きたコロニスは、その晩、ついに最後の手段に出ることを決意した。蛇と化すアポロを救う手立ては、もはやこれしか残されていないのだ。
 コロニスは小箱から、透明な小瓶を取り出した。その薬はコロニスの師匠から譲り受けたもので、更に遡れば、神であるコロニスの父にも由来するものだという。正真正銘の神の力を宿した秘薬なのだ。これならば、蛇神の呪いにも対抗できるかもしれない。
 コロニスはアポロの枕元に立つと、着ていた衣服を脱ぎ捨てた。アポロは苦しみももうあまり無いのか、今はただ、ぐったりと静かに横たわっているだけだ。
 アポロは既に人間だった頃の面影をほとんど残していない。アポロのこの忌まわしい運命を救えるのは、自分しかいないのだ。
 コロニスはびんの中の秘薬を口に含むと、横たわるアポロにそっと寄り添った。そして、アポロの鼻先に軽くキスをした後、その大きく裂けたアポロの口に薬を含ませた。
 アポロはそんなコロニスの様子に気がついたのか、頭を動かして少しだけ声を漏らした。心配することはない。コロニスは優しく囁き、ごつごつとしたアポロの頬に触れた。それで安心したのか、アポロはまたおとなしく横たわった。
 しばらくして薬が効いてきたのか、コロニスとアポロの意識は徐々に朦朧としてきた。

 愛しいアポロ。
 コロニスはアポロの鱗状の皮膚を撫でさすりながら、全身を密着させる。
 あなたの姿は変わってしまったけれど、私のあなたを愛する気持ちには些かの曇りも無い。そして願わくば、たとえ私がどんな姿になったとしても、あなたの心に私の居場所を残しておいて欲しい。
 やがて、コロニスとアポロの意識は、互いの皮膚と皮膚の境目さえ乗り越えて、ゆっくりと混じり合った。二人は心地よい一体感を感じながら、そのまま眠りについた。



 翌朝、アポロは久しぶりに気持ちのよい目覚めを迎えた。疲労は残っているが、ここ数日苛まれた苦痛からは開放されていた。
 ゆっくりと身体を起こしたとき、アポロは自身の身体の異変に気がついた。アポロの身体は、この数日間起きることさえできなかったとはいえ、野山を自在に駆け、獲物を追っていたアポロの屈強な肉体とは似ても似つかないものとなっていた。
 透き通るように白い肌、あまりにもか細い腕、そして娘のように膨らんだ胸。力を込めれば折れてしまいそうだったが、しかし今のアポロには、それだけの力すら込めることはできない。
 それはアポロもよく見知った、コロニスの身体だった。アポロはコロニスになってしまっていたのだ。
 これはどういうことなのか。自分はどうなってしまったのか。そしてコロニスは一体どこへ行ってしまったのか。
 自身の身体の変化に戸惑いを覚えながら、傍らを見てアポロは更にぎょっとした。寝台の上には、忘れもしない、あの森でアポロを襲った斑模様の大蛇が横たわっていたのだ。
 アポロの脳裏に大蛇に襲われたときの記憶が蘇る。今のアポロはコロニスの身体になってしまっている。今また襲われたらひとたまりもないだろう。アポロは頭の中では臨戦態勢に入っていたのだが、今は身をこわばらせるのが精一杯だった。
 大蛇はアポロが目覚めたのに気がつくと、おもむろに頭を上げた。そして硬直したアポロの膝の上から、背中、首へとゆっくりと這い進んだ。大蛇のうねりが、アポロの裸体を刺激する。アポロは息を潜めたまま、ただ大蛇の為すがままになっていた。
 大蛇は頭部をアポロの膨らんだ胸に埋めると、その乳首をそっと舐める。アポロはその口付けにぴくりと反応した。アポロはその女性のような反応を恥ずかしく思った。しかし同時に、この大蛇への嫌悪感も完全に消え去っていた。不思議なことに、今はこの大蛇に対する恐怖心は一切無く、むしろ愛おしささえ感じるほどだったのだ。
 アポロは、コロニスが自分たちに為したことを悟った。コロニスは自分の身代わりになってくれたのだ。アポロはコロニスになり、そしてこの大蛇こそコロニスなのだ。



Ophiuchus_and_Serpens.jpg



 アポロは自分の胸に顔を埋める大蛇の頭をそっと撫でた。
 コロニスが用いた薬、それは、互いの身体を入れ替える効果を持つ薬だった。コロニスはアポロの心を自分の身体に移し、そして自分はアポロの代わりに蛇になることを選んだのだ。
 二人は言葉を交わすこともなく、ただただ、互いに抱擁していた。
 しかしやがて、コロニスはアポロの腕をすり抜けて寝台から降りると、入り口の扉へと這い進んでいった。コロニスは蛇の姿を引き受けただけではなく、蛇の神に遣えるとう役目も果たさなくてはならないのだ。
 扉の手前でコロニスは名残を惜しむかのようにしばらくアポロを見つめていたが、扉を押し開けると、もう振り返ることもなく森へと向った。
 アポロはシーツを身体に巻きつけると、コロニスの後を追って外へ出た。コロニスは既に、長い胴体をくねらせながら、随分と遠くへ行ってしまっていた。
 アポロは泣いた。そしてコロニスの後姿を、喜びと悲しみとがない交ぜとなった表情で、いつまでも見送っていた。


(おしまい)




 13星座で突如脚光を浴びることになったへびつかい座。しかし13星座って一時的には流行りましたけど、あっという間に聞かなくなってしまいましたね。絶滅したわけでもないようですが、ローカルな一流派にとどまっているようです。13星座を採用した「ビーロボ カブタック」は面白かったですけどね。

 へびつかい座の範囲は11月30日から12月20日の間だと思い込んでいたので、20日に投稿できるよう準備を進めていたのですが、実は12月17日までだと知ったのが12月18日のことでした。タイムリミットをオーバーしてしまったので一度テンションが下がり、書くのも止めようかと思ったのですが、開き直ってこんな日時に投稿します。まあ、こだわるほどのものでもないですしね。

 実はおとめ座もネタが膨らみすぎて上手くまとめ切れず、結局飛ばしてしまったのですが、今回こんなになってしまったので、そちらも特に季節を気にすることなく、そのうちにやろうかと思います。

 余談ですが、14星座というのもあって、うお座とおひつじ座の間にくじら座が入ってくるらしいですよ。


ラベル:TS 動物 変身
posted by 三月うなぎ at 23:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 星座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いやぁ今回は泣けますね。愛する彼のために自らを犠牲にする彼女。そして永久の別れ・・・彼女の愛が生んだ奇跡。そして悲劇。泣かせます。蛇になろうとも彼女の愛は変わることはないでしょう(泣)
Posted by テンプラー星人 at 2006年12月20日 23:42
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